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2020年5月21日 (木)

たそがれの恋歌

皆さんは『返歌』というものをご存知だとおもいますが、

 遥か平安のむかしから、男女の交際は歌によって行われていました。

 先に歌を贈り、歌を受け取った方は、その歌の返事を歌にして返すという、ロマンチックな交流です。
この いにしえの和歌の世界に倣って 一人芝居。


 先回載せた夕焼けの写真2点、実は二つはペアで、写真での贈歌と返歌でもあったのです。1


 

オレンジに燃えていながら寂しい写真
むらさきの今にも暗くなりそうな黄昏時ですが、心の中は激しく燃えている写真

其々にたそがれという歌をつけて恋心を

恋する人生
子供の頃から身を焦がす様な情熱的な恋をしましたが、
その情景を思い出して、

  二つは同じ場所
   二つは別の時間
    二つは一つ

 …………………………

贈歌

たそがれの
 こころに忍ぶ
   さみしさは

 君へのおもい
  なおも深まり

 

返歌

たそがれの
 ときもうつれば
   変わる彩

 わがおもいなほ
  千々みだれつつ

 ………………

貴女は私への思いが深まると申されますが、
中々会えず時ばかり経って来ますと、この二つの黄昏の写真の様に淡く優しい夕焼けも、揺れ動き濃く深く変わっていきます。
 この様に、私の想いは更に深く 千々乱れるばかり
  貴女に一刻も早く会いたいと思います。

この様に返して文字遊びをしてみました。

 …………………………

贈歌 返歌ではありませんが

恋の道は、シェークスピアや近松門左衛門を出さなくても、
恋を遮る障害が大きければ大きいほど燃え上がるものですね。

中納言朝忠(藤原朝忠) 【拾遺集】
逢ふ事の
 絶えてしなくは  
  中々に
人をも身をも
 恨みざらまし
 

二条院讃岐 【千載集】

我が袖は
 潮干に見えぬ
  沖の石の
 人こそ知らね
  かわく間もなし

『引き潮の時でさえ誰にも見れないほど沖にあり、いつも濡れている岩のように、わたしの袖がいつも涙に濡れて乾く間も無い事を誰もしらない』

恋は永遠。

恋をしてこの様に泣き明かしたことも何回もあります。

恋の道は、シェークスピアや近松門左衛門を出さなくても、
恋を遮る障害が大きければ大きいほど燃え上がるものですね。

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