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2020年2月24日 (月)

中学3年生の時の手づくり

ありとあらゆるものがある現代とは違い、まだ戦後の復興期、子供の頃から必要なものは何でも作ってました。

 

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 母は忙しく機織りをしていたし、小遣いなどもらえる家ではなく、学校から帰っても、お菓子や何か食べたい時は小学1年生の頃からフライパンを持ち出してホットケーキなどを作っていました。
 今みたいに簡単なホットケーキの素みたいなものは無い時代で、その材料はバターと蜂蜜、重曹。時々卵。(卵は高くていつもはなかった。)
当時のバターは現代のバターよりレベルも高くいいものでしたし、砂糖など使わず蜂蜜たっぷり使い、美味しかった。


 なぜか金はないのに輸入品のバンホーテン(VAN HOUTEN)ココアや珍しいナッツの様に都会の店でしか売っていない食材や美味しい食材が集まる家だったので、これには感謝。(でも、お返しで更に貧乏だったらしい)

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 偶に、ホットケーキにバンホーテン(VAN HOUTEN)のココアを少し入れたり、二色にしたり、アレンジしたものを様々作りました。

しかし、ベーキングパウダーなどまだ無いので、重曹でしたがこれはタイミングが難しいんです。だから、偶に膨らまないホットケーキになることもありました。

それでもたまに喫茶店などに連れて行ってもらって食べるものより美味しかった。

 小学3年生になる頃には時々バンホーテンのココアたっぷりの中に少し小麦粉を入れ、玉子の黄身と蜂蜜で混ぜ込んでバターをタップリと使って焦げないようにじっくりと焼いた。
 これはバターキャラメルのような味になり、絶品だった。

こういう時はどういうわけかいつも兄が匂いを嗅ぎつけてくるのだ。本当は一人で食べたいのに。
 

中学生になっても小遣いがないのでガールフレンドへの誕生日や記念日の贈り物はいつも自前で何か作っていました。
結構作ってプレゼントしたが、今も残しているものがあります。

ネックレスとペンダント  半世紀前 中学3年生の時のものです。

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最近はペンダントもあまり流行らないが、当時大人の間ではおしゃれな人は使っていたので。
当時から人と同じようなものは作りたくないのでちょっと変わっていますが、半世紀経っても結構気に入っています。

 何でも作らないと無い時代
  それは創造を生み出す良い時代でした。

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