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2019年9月17日 (火)

名古屋骨董祭 2019/9 −②

特に何も欲しいものはないのですが、骨董祭などは勉強になるので行ってきました。
最近は陶器は買わない。欲しいものは自分で作れば良いと思い、数年間何も購入していません。今日もこの思いでただ参考のために見て周りました。
お金があるわけじゃないのでとても高価なものは当然無理ですが、器などを選ぶ場合、銘があろうがなかろうが、有名だろうが無名だろうが素人だろうが何も気にしません。例えば人間国宝のものでも嫌いなものはいらない。
例えば抹茶茶碗を選ぶ場合、これで飲むお抹茶は美味しそうかどうか、又は楽しさや何かが感じられるかで選びます。

安物でも気に入ればそれが僕にとって本物。自分が見て気に入ったものが宝物。

さて 骨董市会場。

ふと目についた茶碗。 これ結構いいな!
お抹茶が美味しそうだね!、これで飲みたいな!

ちょっと気になる小ぶりでおとなしく優しい中々いい感じの黒い楽茶碗。
平茶碗で、丁度この暑い時期に最適だ。

何気なくサラッと使うのに良い感じだと思って窯印を見ると糸偏が8を模る「8楽」になっている。

あらあら

楽家十二代 弘入(こうにゅう)だった。
楽 吉左衛門 弘入です。

平茶碗で弘入の作というのは初めてみた。とても珍しいものだ。

十二代 弘入は大人しい人柄であったそうで、茶道には熱心でしたが、水屋の苦労を知りすぎていたので自分では茶会は全くしなかったそうです。
こういう優しい人の造った碗だから優しく出来たのでしょうか。

値段は……………あれ?
楽家にしてはとても安い。贋作?

しかしながら、土といい、顔といいどう見ても本物だし、更に
優しい人の作る優しさの出ている茶碗だ。

店の女将は毎年出店されている方で、いつもお話しをさせていただくが、物知りで真贋の目はある方だが、
これは鑑定されていないから、正式には言えないが、自分が見てもおそらく本物だと思うと言われる。
僕もそう思う。

平茶碗だから夏茶碗なので秋に向かう今は少しは安いかもしれぬし、
箱はあるが共箱ではなさそうだし、極めはない。

でも やはりどう見ても 本物だと思う。

極めのあるものは何十万〜百万近くもするが、これはその何十分の一。
陶器は購入しないと思っているのに、
お抹茶が美味しそうだね!、これで飲みたいな!っと、
購入してしまいました。

万が一弘入でなくてもお茶が美味しく飲める楽しみが増えて嬉しい。
良いお茶碗がまた仲間になりました。

皆さんも「野の花料理・恵那の野山の蕎麦懐石」でこの弘入のお茶碗でお抹茶をどうぞ。

   ………………………………

あれ! 
  家に帰って抹茶碗の場所に飾ろうと思ったら、

よく似た平茶碗があるではないか!
    両方を並べてみた。

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釉薬も土も全く違うものだが、
同じ黒でも左はマット仕上げ。形は左はやや変化があり少し捻った形

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右は光沢があり、形が左右整っています。

20190917-225334

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どちらが好みかな? どっちもいいな。
よーくみると高台の作りは全く違いますが。
誰のものでも気に入ったものはいいものです。

皆さんはどちらが弘入だと思われますか。
また、どちらがお好きですか?
 
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十二代 弘入:(こうにゅう、1857年(安政4)~1932年(昭和7))11代慶入の長男。本名は、小三郎、惣次郎(幼名)のち吉左衛門、喜長、12代楽吉左衛門 1871年家督を継ぎ吉左衛門を襲名。
黒楽茶碗、赤楽茶碗共に、色彩表現に優れ、釉薬を二重にかけることにより色の変化を演出。また、箆(へら)使いにおいては、9代了入を基礎としながらも独自に研究。 独特の穏やかな胴の丸み、男性的で豪放的な作品を残す。
印には糸偏が8を模る「8楽」が主流。
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やきものなど茶道具や骨董品の買取査定では、「共箱(ともばこ)」の有無が買取査定額に影響するチェックポイントのひとつです。
共箱は、一般には馴染みの薄い言葉ですが、作家自身の箱書き(署名)がある箱のことを指します。

有名作家の手による茶碗などのやきものを購入すると、作家自身が箱書きした共箱に入っているものが多いですが、この共箱が、陶印と共に作品が本物であるかどうかを判断するのに、重要な役割をもっています。

日本の骨董業界においては、作品本体に共箱が付いていないと美術品としての価値が激減するものがあります。
茶道具、茶杓、掛軸などの骨董書画、やきものなどがその例としてあげられます。

共箱という文化は日本独特のもののようで、西洋絵画などの場合は、オークションなどで作品に付随する箱の有無によって、その価値や評価が上下するといったことは見受けられないといいます。
しかし、日本の場合、特に骨董的価値のある古い茶道具などに関しては、有名な茶人、大名、宗匠などの箱書き付の古箱があれば、そのものの価値や評価は非常に高くなります。こうした箱書きのあるものは、その伝来を示すものとして、作品本体とともに評価に大きな影響を与えるものとされています。

でも、ちょっとおかしいですよね。
こういうものが付いていると安心ですし安直ですが、わざわざ別の何かの形で証明を付けなければ信用できないなんて、
なんかとても侘しいというか寂しい文化です。

もっと自分を信用しろよと言いたいし、また贋作などで人に対して嘘をつくなと言いたいです。

他力本願の国でもあるから仕方ないとも言えますけどね。

まあこういう世界も又面白いと言えますけどね。

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