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2019年4月29日 (月)

久し振りにシャネル

シャネルはいつ見てもシャネルだね 美しい。

時を超えても遠くで見ても、ああシャネルだとわかる

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シャネルスーツ
いつ見ても シャネルだ!

 

 

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かつてショップ経営しながら商品企画を行なっていた頃、
そしてまだ女性のスーツの需要が多かった頃の事ですが、
ファンシージャカード等の生地やブレード、同素材に金糸使いのデザインボタンなどシャネルスーツに似たスーツをとても沢山企画生産しました。
ターゲットプライスはシャネルの何十分の一の値段です。
日本や海外で、生地や糸、工場を探し回りました。
当時はファンシーツイードは台湾が一番安く、金糸銀糸やリングヤーンなど様々な組み合わせを提案し生地作りや、変わりボタンは日本から持ち込んだりして縫製も台湾で行い、何度も台北に通いました。

オシャレでどこよりも良いものをどこよりも安く売ろうと、日本で一番安い値段での発表でした。

見栄えの良さと安さでシャネル風スーツは私の70店舗の店で販売しましたが、あまりにも飛ぶように売れ、作っている私もびっくりするほどで、何度も追加生産を行い、3年程で6〜7000着は販売したでしょうか、いやもっと多かったかもしれません。
一時はTシャツより回転が速く数日で完売もありましたからこれ以外のスーツも含めるとスーツだけで数年で10億円以上の売り上げでしたしょうか。
休みもとらず朝早くから夜中まで働いて、今で言うブラック企業など追い越してしまう労働時間でしたが、 寝る間も惜しむ楽しい企画の時間は忙しすぎてもホワイトです。

いつ見ても不動のシャネルスーツ。
見るたびに、あまりにも売れすぎたスーツを思い出します。

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壮絶なデザイナー ココ・シャネル

1909年にパリで店を開き1916年に第1回シャネル・オートクチュール・コレクションを発表。
1939年9月の、第二次世界大戦の勃発とともに、香水とアクセサリーのブティック以外の全店を閉鎖。
パリの解放後10年を経た、1954年になって奇跡の復活。
1970年、香水「No.19」(en)を発表するが、翌1971年、死去。 暫く低迷するが1982年カール・ラガーフェルドがデザイナーに就任し、盛り返すが今年、2019年2月19日、30年以上にわたりシャネルを率いたカール・ラガーフェルドが死去。

この写真のスーツはカールラガーフェルドが最後に手を加えたものかもしれない。

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