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2019年3月 8日 (金)

小さき花 ぺんぺん草

春の野の
川辺に涼しく
鳴る草は

白き小さき
花を持つ

三味(シャミ)の鉢似た
ペンペンの草

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柔らかな日差しの中、川原に犬の散歩に行きました

沢山のナズナ (ぺんぺん草)が花をつけたり、沢山生えていました。

皆さんがご存知のように実の形が三味線のバチに似ているのでつけられましたが、
なんとなく可愛くなんとなく微笑ましい草ですね。

ぺんぺん草はことわざでも使われますが、

かつて大手チェーンストアのレディスウエアバイヤーで年間100億円程の売上を一人でしていた30歳頃の話ですが、
先輩から「お前の後にはペンペン草も生えない」とよく言われた事を思い出して、河原で思い出し笑いをしてしまいました。

あの頃は顧客が喜んでくれそうな商品開発や様々な仕掛けを考え、「売れる」「売る」面白さの絶頂でした。
顧客に対しては常に正攻法でありながら様々なテクニックと来られたお客様全てになんらかのものを購入して頂く商品手配の戦略・戦術・ゲリラなど、ゲームのように楽しみながら売り上げを作っていました。
ファッション傾向を読み消費者のウエアやファッションウエアの買い物行動を捉え、それに対してどのように事前に用意するかの先手管理。
これさえ捉えれば勝ちゲームで、とても面白い実戦ゲームでした。
(現代で言う所のマーケティングやマネジメントですが、当時はまだこういう言葉のない時代でした。)
当時はこういう先取りゲームでバイヤーをやっている人は少なかったので、
お前の後にはペンペン草も生えないと言われたのでしょう。

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「ぺんぺん草がはえる」
建物などが取り壊されて空地となり荒れ果てているたとえに使われますが、更に、「近江商人が歩いた跡にはぺんぺん草も生えない」などと、
ぺんぺん草さえも根こそぎ奪われて、何も残らない様子の喩えとして、「ぺんぺん草も生えない」と江戸の商人のやっかみで、使われました。
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 近江商人(おうみしょうにん)は、主に鎌倉時代から江戸時代、明治時代、大正時代、戦前にかけて活動した近江国(現滋賀県)出身の商人。
 愛知郡、蒲生郡、神崎郡などの出身者が多数。京都、美濃国、伊勢国、若狭国などで行商を行う。鎖国成立後は京都、大坂、江戸の三都へ進出し、大名貸や醸造業なども行う。
蝦夷地で場所請負人となるものもいた。明治には西川産業など企業として発展。 今日の大企業の中にも「近江商人」の系譜を引くものも多い。
 その商才を江戸っ子から妬まれ、伊勢商人とともに「近江泥棒伊勢乞食」と蔑まれたが、その実は、当時世界最高水準の複式簿記考案や、契約ホテルのはしりとも言える「大当番仲間」制度の創設など、徹底した合理化による流通革命だったと評価されている。
 近江商人の家訓として「買い手良し、世間良し、売り手良し」の「三方良し」が知られる。
この理念には時代を越えた普遍性・有効性があり、近江商人の高い倫理性や社会貢献は、近年改めて注目されています。
 近江商人の天性を一言で表わしているものに「しまつしてきばる」という言葉があります。倹約につとめて無駄をはぶき、普段の生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働いて収入の増加をはかるという、日常の心構えを表現しています。他にも、多くの示唆に富む味わい深い言葉がたくさん残されています。

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