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2017年12月18日 (月)

苗木城 2017/12/3

もう何度も行っている所ですが、岐阜県中津川市の木曽川対岸の苗木藩は全国的にも特に類を見ない不思議な所で気になっていました。
(中津川宿・手賀野・駒場は尾張徳川領)

 
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今まで感じていたこと

 
1、元々その場所に潤沢にある大きな岩を巧みに利用した堅固な山城で、戦国時代にこそふさわしい古い中世向きの形態の城であるが幕末まで住居としても使われ続けている。

 

2、城が山城の場合は山の麓に屋敷を構えてそこで起居するが、屋敷がない。

 

3、三万石以下の大名は城持ちではなく陣屋ばかりなのに、
一万石という最小藩でありながら日本唯一の城持ち大名。

 

4、城があるのに城下町がない。 こんな事って?’あるの?

 探し回ったのですがそれらしいものが存在しないのです。

5、外様でたかが一万石なのに、江戸期を通して国替えも改易もなく同じ所で幕末まで存在しているすごい所。

 代々よほど頭の切れる者がいたのでしょう、世渡りがが上手だったんでしょうね、

5、他に類を見ない廃仏毀釈
お寺というお寺全てを明治新政府の廃仏毀釈で潰してしまった苗木藩。
その名残で、現代でも全国の市町村の中で日本唯一、白川町だけはお寺が無い。

 

など、苗木は小粒でもピリリと辛いおもしろさを持った藩です。

これほど不思議で魅力の藩はあまりない様な気がしていました。

今回は少し踏み込んで勉強をしようと
中津川市民大学講座
中津川の魅力再発見で苗木城の見学をしてきました。

 

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お城は今は木々に囲まれていますが、写真で見ると大正時代までは木がほとんどなく、360度見通せて遠くからも望むことができ、威厳を表せた。

 

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それでは登城

Img_4074 晩秋の装い

すばらしい紅葉の絨毯

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上に山もないのに水がでる 不思議な井戸

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天守は存在しませんが、石に柱台座跡が残っており、足組だけが櫓のように陶磁に忠実に作ってあります。

天守跡からの眺め

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Img_4102天守閣側の柿

 その当時も食べられていたのでしょうか

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岩の沢山ある山でたくみに岩を利用してあります。

石垣の岩も大部分が個の山から出たものを使っています。

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戦国時代から連綿と続いて存続し続けた山城なので、石垣の種類も戦国時代の野面積みから明治時代まで六種ほど残り、一つの城でこれだけあるのは全国でも珍しい。

城跡には珍しく瓦が出土しない。
全てが檜皮葺だったようである。

石高は一万石だが、実際は7000石ぐらいしかなかったのではないか。

また、山城の多くの大名は何処でも麓に屋敷を作りそこで暮らしているが、苗木藩は山の上の天守のすぐ近くで暮らしている。

古書研究で復元 石垣整備 などをやっていく中で新しい遺構の発見など様々絡み
苗木城の整備計画はどんどん長くなり平成35年まで続く見通しだという。

その他、様々勉強させて頂き、感じさせていただきました。
ありがとうございました。

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