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2017年9月 1日 (金)

秋の装い 吉田たすく 1985年作 絵羽着物 「なでしこ」

吉田たすく 1985年作
絵羽着物「なでしこ」

 
20170901_11703

20170901_11723   

なでしこ 撫子
ナデシコ科ナデシコ属の多年草。7月~10月にかけて河原や野原で咲く秋の七草ですね。

吉田たすくは手染め手織りの染色作家ですが、万葉集の研究にも取り組み、
万葉集を題材に「染と織の万葉慕情」を日本海新聞に昭和57年(1982年)から昭和59年(1984年)まで毎週、2年にわたって100回連載しています。

その中から、秋にちなんだ作品と して絵羽着物「なでしこ』を織ったのかも知れませんし、最愛の妻 の為に織ったのかもしれません。
私の父 たすくと母 佐久子は生涯恋愛状態の様ないい関係の夫婦で、着物が織り上がるといつも母に着せて見ていました。

万葉集

なでしこは、咲きて散りぬと人は言へど
我が標(し)めし野の花にあらめやも 大伴家持

(なでしこは咲いて散ったと人は言うけれど、私が標るしをつけた野の花のことではないでしょうね。
(他人は人の心変わりのことを色々と言うけれど、あなたは心変わりはしないですよね。)

万葉集で なでしこを詠んだ歌は二十六首あり、そのうち十一首が大伴家持の歌だそうです。

なでしこがよほど好きだったのでしょうね。
恋人紀女郎(きのいらつめ)に贈った歌です。

大伴家持は万葉集の編纂にも加わった歌人。

紀女郎(きのいらつめ)は奈良時代のとても有名な女流歌人
です。
この時代本名が判る女性はごくわずかですがその数少ない一人
本名は子鹿です。

幼友達の二人、二十代後半の家持と女流歌人の年上で三十代後半の子鹿との交際。
奈良時代は30代後半ではもう老人の様に思われていた時代ですが、家持は年齢など関知せず相当焦がれていた様です。
子鹿 はとても可愛くて頭の良くて年齢を感じさせない魅力的な女性だったのでしょうね。

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吉田たすく
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

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