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2017年3月29日 (水)

断捨離で思うこと

(ウイキペディアより)
断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、
* 断:入ってくるいらない物を断つ。
* 捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。

* 離:物への執着から離れる。
として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。
(ウイキペディアより)

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断捨離では 捨てるとも言っていますが、
その捨てられる物の中でもまだ使い方ではどこかに価値があるものが、捨てられた途端にそれは『ゴミ』になります。

どんなものでも何らかの価値を持って生まれています。
生まれた以上生かしてあげなければかわいそう。
最後の最後まで生かして使ってあげる事でそのものははじめて生まれた事に納得ができる。

自分がその捨てられそうな物で、まだ使えるのに捨てられたと思ったら貴方はどう思いますか?

自分はなぜ生まれたのだろう
そして生かされず、捨てられて焼却処分です。
これでよいのだろうか。

焼却処分するにもコストがかかります。

必要ないものは捨てないで活かす事。

断捨離をして回し切る。

そうです必要とされるところを見つけて生かしていただく事です。

必ずどこかで使ってくださる方がいます。
そして最後は燃料として使う。

ゴミとなりそうなものは入れない
ゴミは作らない
ゴミは出さない

どうすればゴミにならないで生かせるか。

原発がいい例です
今は他の電源よりコストもかからず安く済んでいると思っているが、活動を終えた時、事故った時、その最終処理は生まれてから活動していたものの何倍〜何百倍もかかってしまい
更に自然破壊。取り戻せない。
自然に返すことのできないことは絶対にやってはいけない。

ゴミ処理もできないものは作ってはいけません。

自分の生活も同じですね。

死の時には、次の世代に残されて喜ばれるもの、少なくとも嫌がられないものだけを残して逝きたいと思います。

そして、荼毘に付したあと骨壷に入れたらそこで朽ちるだけ。
そんなことはしないで骨は全て故郷の野山に撒いてほしい。
ほんの微々たるものですが、微生物の役にはたつでしょう。

本音は、
法規上無理だし気持ち悪いが、故郷の弱った木々の山に土葬をして土に還して欲しい。
多少でも肥料になり、木々の役に立ち、やがて海の役にも立つだろう。
少しでも恩返しができるだろう。

最後の最後まで使い切る。

ものを大切にして
活かして断つ

これが本当の断捨離だと思います。

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