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2017年2月25日 (土)

食事と作法の歴史の復習

食事と作法の歴史の復習をしてみました。
 
ヨーロッパでは16世紀頃までは食事のマナーもなく、フォークと言ったものが 存在せず、食事はみな手づかみで、肉類はナイフで切っては手で食べており、食事の汚れた手はテーブルクロスで拭いていました。
その後、今から400年前 メディチ家のカトリーヌが1600年にフランスへ嫁ぎ、フォークが普及し、ナイフとフォークで食べる新しい食卓作法が生まれました。
この頃に正式なスタイルとして、一品ごと順番に料理を出していくコース料理が考案されました。

 日本では日本書紀の記述や、古事記には、スサノオの尊が出雲国へ行った時、川上から流れてくる箸を見つけたことを契機として八岐大蛇を退治してクシナダ姫を娶ったと記されていて、1600年前 4世紀には箸が使われていたようである。

700年代 奈良・平安期には、貴族が日本独特の食事作法を確立し
1200年代 鎌倉、僧侶たちにより植物性の素材だけを使った「精進料理」が生まれ、
1300年代 室町時代には貴族(公家)と武家の食文化が融合した「本膳料理」が誕生しています。
1500年代 安土桃山時代には茶の精神性を汲む「茶懐石料理」が、
1600年代始め 江戸時代初期には食事をくつろいで食べる「袱紗料理」が生まれています。
1600年代後半 これらの影響を受けながら「本膳料理」は、江戸の武士や町人がお酒とともに楽しむ「会席料理」へと発展。

会席料理はお酒を楽しむための料理で、一品ずつ、吸い物、刺身、焼き物、煮物の「一汁三菜」を基本に、お通しや揚げ物が出されるます。

一品ずつ出していくコース料理を世界で最初に始めたのは、日本とフランスで偶然にも1600年代に同時期に始まったようです。
 
 中国では 箸は紀元前から使われていたようですが、
中華料理といえば円卓の上の回転板に様々な料理が沢山並べられその回転板を回しながら食べるという形式が中心で、一品ずつ出していくコース料理は30年ほど前1980年代までありませんでした。
 それを考案したのは、香港のチムサーチョイ(尖沙咀)の地下鉄 尖沙咀駅そばの高級ホテルハイアットリージェンシーホテル(凱悦酒店)のメインダイニング「ザ・チャイニーズレストラン(凱悦軒)」の総料理長をしていた周中(ツォウチュン)氏です。
世界的に有名な超一流料理人、周中氏がフランス料理のように一品ずつコースで食べさせるというヌーベル・シノワーズ(新感覚中華料理)のスタイルを始めました。

 
 料理の流れ
フランス料理は序奏から徐々に盛り上げていきメインディッシュで最後に盛り上げ、更に最後のデザートでも感動させようとする、どちらかというと終盤に力の入った料理。そしてフランス料理はソースが命といわれるくらいソースを重視します。

それに対し、日本料理はメインの椀物を前に、そしてお造りを料理の中程に配し、一皿ごとの感動も大切だが何よりも料理全体のストーリー性を最重視して感動させる料理。だから最後のデザートも全体のストーリー性を生かすためにあまり豪華にはしない。日本料理は「だし汁」を重視するので椀物がメインとなります。

そしてどちらも最重要視するのは共にフランスは「ソース」 日本は「だし汁」とよく似ていますが、
  「味」を求めると同じものに行き着くということでしょうか。
 

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余談ですが
 (当時のハイアットリージェンシーホテルは1度閉店し、周中氏も随分前にやめられて、今は新しくなっていますが、当時の様子や「ザ・チャイニーズレストラン(凱悦軒)」のとても素晴らしい料理については、私のブログ 

 foo-d 風土 ブログ の カテゴリー 食(海外)の中の 2009/06/23 掲載 美味しい中華8」に載せています

「 foo-d 風 - 土: 食 (海外)」で検索し 美味しい中華8をどうぞ。

foo-d 風 - 土: 食 (海外)では嘗て訪問した海外の食の台湾・香港などの中華料理を中心に書いています。

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