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2016年10月 5日 (水)

ガレナ釉のスリップウエア エッグベイカー

どこかあたたかくてイギリスの匂いのするエッグベイカー
   民芸 島根県の湯町焼です。

 これが日本で数百年続く恵那市の料理旅館で使われていました。
 とても美味しくできるそうです。

 

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エッグベイカーが生まれたのはイギリスですが、その基となるガレナ釉とスリップウエアには大きく日本が関わっています。
 
イギリス人 バーナード・リーチは日本で民芸運動に接し、共にしていましたが、1920年イギリスのセントアイビスで濱田庄司(人間国宝)とともに工房を開きます。
このとき イギリスで古い陶片を発見し再現作業に入りましたが、同じような色目で、参考にしたのが島根県松江市の布志名焼・湯町焼の黄釉。
 再現されたものがガレナ釉 柄はスリップウエア(日本ではイッチンと呼ばれています)

この再現されたガレナ釉のスリップエアがこんんどは布志名焼・湯町焼の代表商品となりました。
 
山陰は神話の時代から焼き物が焼かれ、今も小さな窯元が沢山あります。
 湯町は松江の外れ宍道湖のそば 静かなところにある窯元でした。

 

私が湯町で求めたのは水滴とサラダ用の深皿。

「恵那の野山の蕎麦懐石」ではバーナード・リーチの大皿と一緒に使っています。

 

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上段が バーナード・リーチ作品  下段が湯町 水滴とサラダ用の深皿

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民芸運動 それは為政者の芸術ばかりで、見過ごされていた庶民のなんでもない生活用品の美しさを
発見させ、「用の美」
美しい物として感じる「意識」の変革運動でした。
 
柳宗悦・河井寛次郎・濱田庄司  そして吉田 璋也などにより日本中の民の芸術の調査と収集そして展示、民の芸術のレベルアップが行われました。
これにより日本各地で細々と造られていた器や家具などの生活用品が更に磨きが掛かっていったのです。

 この運動は朝鮮では特に入念に行われ、これにより白磁、朝鮮民画、家具などの素朴な朝鮮の生活用品が多数発見、見直されたことにより多くの保存ができました。
 

どちらも民芸運動があったればこそできたのです。
他にも民芸運動の成果で再発見され復活したものも多くあり、「日本美の再発見」運動でもありました。

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