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2016年3月 7日 (月)

「泪」という銘の茶杓

 切腹を命じられた千利休が自ら削り、最期の茶会に用いた茶杓。天正19年(1591)2月28日 自刃した利休の利休忌にあわせて特別公開されました。

 

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一般的な茶杓と比べると小ぶりでとても薄く細い 
茶杓の先端は少し凹ませてありそこからスーッと一本筋が通っている
色といい形といい すべてが調和されてうつくしい
繊細でキリッとしてとても素晴らしい
繊細で凜として静かに在る  とても美しい茶杓でした。
ただこの泪の茶杓を拝見したいが為にわざわざ徳川美術館まで行ったのですが 本当に素晴らしいものでした。 
 
 利休はこの茶杓を古田織部に形見として託します。
 
そこで、織部は茶杓用の筒を自作しました。
茶杓を入れる筒は本来着色のない木地の竹筒を使うのですが、織部は、黒漆で丹念に塗りあげた黒い筒にしたのです。
さらに、その茶杓の筒の中央には四角い窓を開け、中が見える様にしました。 中が見える茶杓の筒というのも他では見られない作りです。
 黒い筒の中にある形見となった茶杓をいつも拝める様にするという 他の筒では考えられない作りになっていました。
 
これはどう見ても祈りのための筒。まるで位牌を拝める様に作られた筒です。
これを位牌の様に立てて、朝夕 師の利休を偲び手を合わせてのでしょう。
泪の茶杓は本当に素晴らしい物ですが、それを入れる筒を自作した古田織部もまた素晴らしい。
茶杓と切っても切れない存在となった小窓付きの茶杓筒でした。
 
深奥の美しい世界でした。
 
これを「見立て」というのでしょうか。
心に響く見立ての美学ですね。
 
 
私は今までに数本茶杓を作ってみたことがありますが、たかが茶を掬う竹のスプーンですが、削っている最中に 稚拙な作りの中にも まるで哲学の世界が垣間見える様な感じがしました。
私の稚拙なものとは全く違うこの超一流の茶杓で一度お茶を点ててみたいと思いました。
 
そして、多少でも深さのある茶杓を作ってみたいと思います。
 
 
 この茶杓にはまた大きな謎があります。
 その後、
徳川家康は古田織部を憎み、切腹させ、更に家族郎党まですべてを殺し、織部焼きなどの窯や織部に関するものすべてを消し去りましたが、ここまで憎い織部に関わる品が何故 他家では無く尾張徳川家にあるのでしょう?
まだ謎のままで解明されていないようですが、いつか解明されるかも知れませんね。
…………………………………………
 徳川美術館では春の恒例 「尾張徳川家の雛まつり」として尾張徳川家の多くのお姫様所蔵の雛飾りを展示していますが、尾張徳川家の何代かの姫君のためにあつらえられた雛人形や雛道具が伝来しており、いずれも御三家筆頭の名にふさわしい質の高さを誇っています。
 特に、一つ一つに家紋が入った雛道具は実際の婚礼調度のミニチュアで、その精緻な美しさには目を見張るばかりです。また、所狭しとお人形や雛道具が並べられる明治・大正・昭和の雛段飾りは、高さ約2メートル、幅7メートルにもおよび圧巻です。
 
徳川美術館ではこちらがメインなのですが、今回の私は見終わっても雛飾りよりも、あまりにも有名な初音の調度などよりも「泪の茶杓」がメインでした。
 
素晴らしいものを拝見させて頂き 有り難うございました。
 
 徳川美術館
〒461-0023 愛知県名古屋市東区徳川町1017
 (撮影禁止でしたので、写真はホームページで探して引用しました。

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