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2015年5月14日 (木)

マクロビはなぜ不味い?

マクロビはなぜ不味い店が多いのだろう?

かつて、何軒かでマクロビ料理を食べたことがあります。         

 

こだわりの選ばれた食材、無農薬有機栽培の太陽と大地のパワーを十分にもらった健康な食材を使った料理だから絶対においしいだろうと思って出かけたのですが、多くの店でみごと裏切られました。         

また、マクロビのパン屋なども不味いものが多く中々おいしいものに当たりません。

中には一口食べてみてあまりにもひどい味で 残してしまったもの、

パンと言いながらモコモコパサパサでパンとは思えない旨みもないただ全粒粉の小麦粉を錬って焼いただけのもの。

クッキーといいながら穀物を固めて焼いただけのものなど

鳥や馬に食べさせると喜ぶかも入れないが、人間 誰が食べても不味いだろう

美味しく感じようと何度食べてみてもやっぱり不味い物などもありました。

お金をもらっても食べたくないようなものもありましたが、    

そして これらをを平気で売っている。

 

私の食の基本スタンスは、

「 食とは五感を使った最高芸術である」

ですが、これとはかけ離れた世界が食にも存在しているのでしょうか。

 

マクロビ料理レストランはなぜ不味い店が多いのだろう?         

マクロビで作った食品ははなぜ不味いもが多いのだろう?    

 

その前に。 

マクロビオティックとはなんでしょう。

"マクロビオティック実践の基本は、まず「食」です。

私はもう ずいぶん昔にマクロビの創始者「桜沢如一」の本を数冊読んだ事があります。   

そして、マクロビとは「食を基本として身体を健康にして、地球すべてを健康にしていく」というとても崇高な考え方だと理解しました。         

マクロビオティックは明治時代の日本人「石塚左玄」の食養という考えを「桜沢如一」が発展させた運動で あり、マクロビオティック実践の基本は、まず「食」です。

      「マクロ」は大きい・長いという意味。「ビオ」は、生命。生物学=バイオロジーのバイオと同じ語源。「ティック」は、術・学を表わします。

 その基本は「身土不二」「一物全体」そして「陰陽調和」です。

「身土不二」とは、身体と環境(土)は切り離せない(不二)という意味です。人が健康に暮らしていくには、その土地、その季節にあった食べ物をとることが大切という考え方です。

「一物全体」はその言葉通り、一つの物を丸ごと全体を食べるという意味です。

一つの食品を丸ごと食べることで栄養素が揃い陰陽のバランスが保たれることと一つの全生命を構成する栄養素がワンセットで揃う。

 野菜なら皮、根、種も含め丸ごと食べましょうということです。

「陰陽調和」とは東洋の伝統的な世界観で、食べ物にあてはめて考えると、体を締めるものは陽性で、緩めるものは陰性、体を温めるものは陽性で、冷やすものは陰性、といったような分け方をします。暑い季節には陰性の食べ物、寒い季節には陽性の食べ物が向くなど、陰陽のバランス、調和が大切という考え方です。

        「身土不二」「一物全体」「陰陽調和」なにやら難しそうですが、

         このことを単純に考えてみると、江戸や明治時代の地方の食生活と同じじゃないか。

「玄米菜食」にしても、その当時 白米のご飯を食べていたのは裕福な商家や武士であり、多くの庶民は玄米や麦雑穀入りご飯を食べていた。

         交通は発達していないから当然地元の食材で地産地消。

一部の裕福な人以外庶民は皆玄米や雑穀を食べていました。

         肉など食べず、魚などは月に数度

         貧しいし、もったいないからその食材のどの部分も大切に食べていました。

ものを大事にする精神で食べられる部分は工夫して皆食べていた。

寒くなると身体が温まる食べ物をたべ、暑い夏は身体が熱くならない食べ物を食べる様にして、

腹八分な生活です。

砂糖など庶民には高嶺の花で滅多に口にはできなかった。

なーんだ昔の日本人の食生活と同じじゃないか まだ西洋に侵されていない時代のおばあちゃんの作る当たり前の食事じゃないか。

昔からの野菜中心の食事

田舎のおばあちゃんの家庭料理

また、お寺さんの精進料理もよく似ています。

これらは肉もバターも使わなくても 上手な人が作った物はおいしい。

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マクロビ料理レストランはなぜ不味い店が多いのだろう?         

マクロビで作った食品ははなぜ不味いもが多いのだろう?         

 無農薬有機栽培で自然の力という一番良い食材を使っているのになぜあまりおいしくないのだろう?         

 

自然農法などで植物が自分の持てる力で育ち、一番その野菜らしさがあふれた健康野菜達、

どれもその食物らしさを十分持ったおいしい食材だ。 

   少なくともその素材特性を生かしてあげるだけで美味しくなる食材達だが、

 それををわざわざ不味くしている。

 

不味いのは料理を作る人間の問題だ。         

料理を作るのに適した者が作らない。

味音痴。

おそらく舌が病気なのでしょう。

料理を作っている人が健康ではない。

アトピーやアレルギーの子供や家族向けの”病人”食だから美味しさは二の次。

  薬だと思っているから美味しさなど求めない。

苦い薬だと思って食事だと思わない。

このどれかだと思います。

 

 わざわざ不味く作ったものをマクロビだから健康に良いからと売ったり食べさせている。

これでは食べたくなくなるし、精神的に参ってしまう。

家庭では作った本人だけが食べるのなら良いのですが、不味いものを食べさせられる家族が可哀想だ。

 特に子供は可哀想だ。

これこそ不健康だ。

 作っている本人は良かれと思って作っているが、マクロビオティック教とかマクロビ離婚などという言葉があるくらいひどいものもあるようです。

身体を治そうという食事が精神をむしばんでいる。

   不味いものを食べさせられるくらい不幸はないが、まったく理解できない。      

 不味い物を毎日食べさせられたら舌が麻痺して味音痴をつくってしまう。

 食のプロがお店をやっていないからだけではない。

おいしい食材を使っているのに何故?

素人がやってもおいしい食材を使えばおいしくなるはずだ。

嘗て、アトピーとか何らかの病気を経験し、食事療法の一環でマクロビで治った人が人にも伝えようと自分でお店を開いた方も多いでしょう。

ただ、薬代わりに食べ続けたおいしくもない

そのときの経験で、おいしくなかったけど、薬の代わりで身体が治ったから他の人にも食べさせたいと思ったのかも知れません。

不味いものを食べるほど不健康なものはないと思うのだが。

おいしく作れる食材で料理を不味く作って食べさせるなんて。

マクロビは本当はおいしいはずなのに。

中には 「マクロビは美味しさを除外した料理」じゃないかと思わせる人たちもいる。

多くの間違い。

「一物全体」そして「陰陽調和」が基本ですが、それらだけにとらわれすぎておいしくしようという発想がない。

身体も心もおいしいことが目標であるはずなのに。

   マクロビで玄米が良いと教わっても、ただ言われた通りに炊いて不味く炊きあがった玄米を食べている。
 そういうものだと思い込み玄米のおいしい炊き方を覚えようともしない。
野菜を湯がくにも炒めるにも段取りや順番で味が大きく変わるということを理解しようともせず、
全粒粉だからとか、一物全体だから良いと言うだけでおいしく料理するという発想がない。

本当は肉を食べたいけど肉は良くないから肉の代わりに大豆タンパクを使う

精米したお米はおいしいが、良くないから代わりに玄米を食べる

本当は砂糖を使いたいけど砂糖は身体に良くないから砂糖の代わりになど 

本来は○○を使いたかったけど○○の代わりに何かを使うというそういう発想が料理を不味くしていると思いませんか。

そんな代わりのものを使おうとするから不味いのです。

「代わりのもの」は所詮代替え、最初のものののおいしさにはならない。

現代の簡単に調理しやすい食材と同じだと思うところが間違っています。

きちんと手を掛けなければおいしくなりません。

丁寧に作られた食材を化学肥料で育った人工的な食材と同じ扱い方をするから不味くなる。活かし方を知らない。   

精米した米と玄米は元は同じですが、

全く違うものだと思って調理をしないから中途半端な味になってしまうのです。

白米と玄米はその調理方法炊き方が全く違うのに同じように炊いてしまうからぼろぼろでぱらぱらで食べられたものじゃない。

玄米は白米とは根本的に別物だと思っておいしく炊ける方法でやればおいしく応えてくれるのである。

全粒粉と表皮や胚芽などを取り去った小麦粉は元は同じですが、その調理方法は全く別の物と思って使うのです。

肉や白米、砂糖を感じさせない、肉や白米、砂糖を食べたいと思わせない料理を作れば良いのです。

日本人は昔 肉や白米、砂糖が存在しない暮らしを何千年もやってきているのです。

素直に食材と向き合いなさい。

それぞれの食材の持っているうまさを十分引き出してあげれば何物にも代えられないとても素晴らしい

お肉など食べたいと思わせないような美味しいものを作ればよいのです。

正しく育てられた食材は、正しく使ってあげれば 美味しさを要求以上に出してくれます。

たとえば、私がいつも作る水と人参だけの「ゆがいただけの人参」ですが、

本当にビックリするぐらい甘い。

余分なことは一切しない何もしないからおいしい。

することは数回火を消したり点けたりするだけ。(途中で水は加えない。)

その調理方法は

泥の付いた無農薬有機栽培の人参を流水でたわしでごしごしと泥を取り、皮はむかないでそのまま切り、

鍋に水を入れ、弱火でただ湯がく。水が半分以下になったら火を消していったん休憩。

冷めたら火を付けてまた湯がく。しばらく煮て、水が相当減ったら火を消して、休ませる。

冷めたら火を付け水分がちょうどなくなったら火を消す。

これだけ。 これが蜂蜜を入れたのかと思うくらい甘くなります。

 料理の鉄則。

食材は熟成させてから使用する。

例えばトマト買ってきたトマトは必ず熟成させます。

私は買ってきたトマトは窓側のお日様の当たるところへ並べます。

数日おいて熟成させ、熟したものを調理に使います。

完熟のトマトは旨みも甘さもあふれんばかりに出てきます。

完熟のトマトを使用した料理は他の調味料など一切必要ありません。

だから私の窓際にはいつもトマトが並んでいる。

栗は採れたて(新鮮な買い立て)のものを必ず1℃位で数日保存してから使います。

栗が冷蔵庫で冬だと勘違いして芽吹きの用意でアミラーゼが働き出して糖度が3倍以上になりますから、これを調理に使うのです。

新鮮な生鮮野菜は新鮮なうちにきちんと使ってあげる事です。

 

私はまだまだ死ぬまで修行ですが、様々食材のことを思い、食材を生かして使ってあげようとしているので、

いつも美味しい物ばかりです。

料理の上手な人は食材の一番美味しい使用時期を知っています。

また、食材の美味しい使い方を知っています。

食材には採れたてが良い物、熟成させた方が良い物、組み合わせる事によって良さが倍増する物など一番良い時期や方法があります。

さまざま食材が最高に食べ頃になったときに料理をするのです。

こういう食材の料理の味付けは何もいらなかったり、簡単に塩だけ、醤油だけ、塩胡椒だけというように余分な味付けはいらないものです。

だから、こういう事が分かって料理を出しているお店に当たったときは本当にビックリ。
ああ!  おいしい。
食材が生きている。
生きていて良かったと思うこともあります。
プロも素人も代わりありません、ただ食材と正面から向かい合えば良いだけです。
 
マクロビは材料が厳選されているのだから、美味しくなる環境にあります。
 
素人でもその食材を一番美味しくしてあげるにはどうするか、
その食材が何時が一番食べ頃か、を考えるだけでも味は変わっていきます。
 
そして一番美味しい状態になった食材をバランス良く取り入れて料理を作るのです。
 
これこそ健康で最高に美味しい料理への道だと確信しています。
 
私はただそれだけを考えての蕎麦会席を作っています。
 
 
マクロビは苦い薬とは違います。
不味い料理は心の病気を作ります。
不味い料理はマクロビではありません。
 
心身ともに健康になるには、心身ともに満足を得ること。
 
健康な食材を利用させて頂いて、おいしくすることです。
 
健康な食材で健康に食べるのが本当のマクロビオティック
 食養です。
 
おいしくなければ健康にはなれなせん。
 
美味しければ幸せです。
 
心の健康を求め、食の幸せを求めて 数年後には自然の摂理の様に良くて美味しいマクロビのお店が沢山出来ていることでしょう。

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