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2013年7月 6日 (土)

倉吉の圭ちゃん77  父の思い出「鉄棒」

 男ばかりの四人兄弟、長男と四男は十五才も離れていますが、その末っ子が圭ちゃんです。

 その圭ちゃんの「父の思い出」です。倉吉弁をお楽しみ下さい。

小学校の時、僕は逆上がりができなかった。
でも体育でやらないといけないから
しょうがなく父に相談した。

「なぁお父ちゃん、逆上がりができんにぃな

どぉにぃしたらできっだかえ?」

と言うと

「かんたんだわいや、

地面を蹴っだらいや、そしたら頭ぁさげて振り子みたいにグルって回っだがな!」

と、いとも簡単そうに言う

僕はその言い方に『いらっ』っとして

「できんだが!できんだけぇ!」

「お父ちゃんはできっだかいな!」

と言うと

父「できるわいや」

とすまして言うので

僕はよけいイラッとして

「じゃぁやって見せてえな!

今から明倫(小学校)いかいな!」

「さき行って練習しとれぇ!」

僕は急いで明倫に行き父が来るまでに少しはできるようにして、

父の鼻をあかしてやろと思い

父の言っていたやり方を実践してみた。

何度やっても

やっぱりできなかった。

父は自転車に乗って鼻歌を歌いながらやってきて

「できただかいや」

と言った。

何度やってもできないのに、鼻歌歌いながらやってきてその言いぐさに腹がたったので

僕は

「お父ちゃんが言ったやあにやっても

ぜんぜんできらへんが!

お父ちゃんやって見せてえな!」

と言うと

父は鉄棒につかまり、

何度か間合いを見て一気にグルっと回って見せた。

僕は驚いて

さっきまでの怒りが吹き飛んだ。

「な~に~お父ちゃん!!すっごいがあ」

「なんでできる~

なんでできっだいなぁ!」

「なんだいな、できっだかえ!できとんなるがあ」

僕はあまりの驚きで何を言ってるのかわからないまま

興奮していた。

興奮したまま

「お父ちゃん、どがにいやったぁ

教えてえな!」

その後父の指導の基、僕は逆上がりができるようになった。

最後に父は懸垂を教えてくれた。

僕は1度もできなかったが、

父は1番高い鉄棒で何度もやって見せてくれた。

あの日の暮れてゆく空の色が今でも心に焼き付いている。

翌日

父は母にサロンパスを貼ってもらっていた。

 

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私が弟の圭ちゃんと同い年の頃の父は、

毎日夜遅くまで手染め手織りの研究と作品造りばかりでこのような事はあまりなかった。

  それが圭ちゃんの時代になると余裕も出来、年もやや取ってきて、末っ子でもあるからか、文面から見ると、とても可愛がったようだ。

 私が一緒にどこかへ出かけた記憶は夏休みの大山(だいせん)登山だ。

毎年大山寺の横を通り、賽の河原から大屏風のすぐ下まで登っていき、天から降ってくる落石を気にしながら万年雪を削って食べたものです。

このおかげで、高校大学の頃は大山登山の全てのルートを踏破し、その大半はマップも必要ないくらいであった。更に北アルプスの槍や穂高岳などもよく行くようになった。

子供の頃のこういう経験はとてもありがたいものです。

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