« メゾンドゥジャルダン   恵那  クリスマスディナー | トップページ | 料理人は食べられる瞬間を大切にします »

2013年2月10日 (日)

料理は至高の瞬間芸術である

 料理以外で 味覚・嗅覚はもとより、視覚・触覚・聴覚まで支配する芸術が他に存在するであろうか。
 
これは長年私が食に対して感じていることです。
 
 

ときどき この事を再認識する料理人の料理をいただくことがある。
 
 とても美味しい幸せのひとときは長い余韻を数日間もたらし、
   幸せな記憶が残る
 
     しかし 時としてとても淋しいひとときのときもある
 
 
料理には音がつきものだ
 
ある実験で、耳をふさいで料理をたべたら、まったく美味しくなかったそうだ。
料理のできる音・切る音 お皿に触れるナイフの音など、あるときはバックミュージックなど それらが料理を引き立てる。
 
 まわりの景色・レイアウト・装飾など 美味しい料理を生む雰囲気も大切。
 
また、料理は触れてその存在を感じながら楽しむものでもある
 手にお箸やフォーク・ナイフを持ち その堅さやや柔らかさを感じ、唇の感触 などそれだけでもおいしさがわかる。
 
 
これらを背景に美味しい料理を目で確認しながら、香りをかぎ、味わう。
 
五感の全てを使って楽しむ美 これは 「食」しかない。
 
  無の状態から食材を最高の芸術品へと導き、食べて頂く瞬間が一番美味しく最高の状態となるように作りあげる。
 
そして最高の芸術品は
 一番美味しい瞬間に食べていただき、
    その瞬間から滅びの道に入り
        無に帰る。
 
   そこにはもう芸術品はない 
 
   残されたものは空になったお皿だけ。
 
     ただ 余韻が心に残るのみである。
 
どんなに求めても同じものは再現できない
 
 
人間の感覚全てを使って行われる至高の芸術である。
 
 
 
 コース料理は
序奏から始まり主旋律ヘ導きフィナーレまで聴衆を感動させる交響曲である。
 
 コースのそれぞれの料理が新しい感動をもって客の口に入る その瞬間 その瞬間に一番美味しくなるように料理を作り
交響曲のように料理の流れを変化させ感動のフィナーレまで導くのである。
 
最高の交響曲のコンダクターであり各楽器のプレーヤーとなる料理人は幸せである。
 
それと共に 料理人は 絶対的責任をもつ。
 
 食材はいきものであるから天候状態などにもより、いつも良い食材が手に入るとは限らない。
 私はなるべく食材が一番美味しい状態で料理できるように
購入したものを自宅で寝かせておいたりしている。
例えば、トマト一つでも使用したい日に合わせて、まだ熟成が早ければ外へ出し、お日様に当てて熟成を促し、熟成を待つ。そして、熟成したものだけを使う。
ここにはコストはかからない、意識だけの問題である。
こんな面倒くさいことも行っているが、これもひとえに 美味しい料理を食べていただきたいからである。
 
 様々な食材の条件も異なっておりなかなかたいへんである。
 
料理人も人間 上手下手もあれば 得手不得手な料理もある。
 
 また料理人も人間であるから健康状態により味覚も変化する。
 
 
これら様々な条件により、いつもおいしい料理が作れるとは言い切れない。
だが、限られた条件の下で最高のものを目指す。
 
 料理はそれらの要素が大きいが、
どんなに美味しい料理を作っても
  もう一つ、どの料理にも外せない重要な要素がある。
 
料理が一番美味しくなる温度と、一番美味しい温度で食べさせるためのタイミングである。
 
どんなに美味しい料理でも
 熱く食べる料理は出来たての熱々を出されると美味しいが、冷めたら不味い。
 
 熱いものは熱い内に、冷たいものは冷たい内に、食べると美味しい。
 
そのタイミングを決めるのは料理人と客であるが、
 客には料理を出されるタイミングはなかなか決められないが、料理人は客の食べるタイミングを計ることができる。
 
 素晴らしいコンダクターは演奏会に来ている聴衆の動きを見ながらで楽曲のスピード・音量など一瞬で変化させて最高の交響曲に仕上げるのである。
だから同じ指揮者による同じ曲でも会場や聴衆が違うと交響曲のスピード・音量などまた違ったものとなっている。
 

 料理人はすべてを司るコンダクター 全知全能の指揮者である。

 

ささやかに一人で全てを行っている店、客室係・ウエーター・ウエートレスのいる店などあるが、これら全てで能力を出し合い、 客の動きを読み、そのお店の最高の料理を最高のタイミングと温度で提供できればそのお店は絶大な賞賛のお店となるでしょう。

 

 うまくいかなければ、どんなに料理人が一生懸命作っても、仏作って魂入れず 画竜点睛を欠いてしまう。

 料理にも魂があると思って スタッフ一同頑張りましょう。

 

 最高の料理とは 美味しく作った料理ではない

   美味しく食べられた料理のことである。

 

今できる最大の努力を行い料理を提供し、そのかわりに大きな満足と代価と笑顔を頂くのです。真剣勝負です。

 

 

 そして、このような料理に向かうとき
 客となる人間もそれに対してきちんと向き合わねばならない。
 
 美味しい料理を食べたければ、美味しく食べられるコンディションで向かわねばならない。
 
 まず、健康でなければ味が分からない、さらに、きちんとお腹を空かして料理に対峙。
 
香りを楽しむ場でもあるから煙草は厳禁であるし、もっと慎むべきは 女性のきつい香水である。
 
 楽しんで食事をするのだが、話ばかりしていないで一番美味しいうちにたべる。
 
   美味しい料理を出していただける資格・心構えもある。
 
 
     客として  また ささやかな料理人として 
           自戒も込めて

|

« メゾンドゥジャルダン   恵那  クリスマスディナー | トップページ | 料理人は食べられる瞬間を大切にします »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 料理は至高の瞬間芸術である:

« メゾンドゥジャルダン   恵那  クリスマスディナー | トップページ | 料理人は食べられる瞬間を大切にします »