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2012年7月16日 (月)

三朝温泉で河鹿蛙と最後の蛍

オシャレでシャキッとしていた母ももう89才
顔を見に6月末に倉吉へ一年半ぶりに帰りました。

その時、三朝温泉に一泊。

山陰随一の温泉ですが、とても静かで風情のあるところです

三朝温泉に泊まるのは30年前 依山楼岩崎に泊まって以来です。

倉吉の実家から車で20分位の場所ですから特別な事がない限り温泉に入っても泊まることなどまずありませんでした。

ほんとうに久しぶりに泊まるのは
今回は三朝館です。

大きなお庭と、露天風呂が沢山ある仲々良い雰囲気の旅館でした。

もう蛍の時期は過ぎていそうでしたが、まだいるかも知れないので、お風呂上がりに探しに行きました。

三朝館の前から小さな橋を渡るころ、カジカガエル(河鹿蛙)の大合唱が聞こえてきました。
日本で一番美しい声で鳴く蛙です。
まるで蝉のヒグラシの声です

川のせせらぎと共に
口笛をフィフィフィフィと吹くようなきれいな声

初夏のこの時期だけ聞くことの出来る貴重な大合奏です。

この時期だけの求愛の大合唱です

YouTubeにカジカガエルの声がありましたのでリンクします
http://www.youtube.com/watch?v=gnK00uOLsa8


初めて聞く人はまさか蛙の声だとは思わないでしょう。

河鹿蛙の大合唱を聞きながら歩いていると

蛍が手の中へ

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もうすぐ飛び立ちます


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左側中央に点のような蛍の明かりが

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中央の少し下 羽を休めています

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未来へと飛び去って行きました。


三朝温泉は小学生の頃、岩湯旅館に伊藤のばあちゃんに連れられて何度も何度も泊まったことがあります。
今は移転してしまいましたが、岩湯の嘗てあった場所は
三朝橋のすぐ横、今は映画「恋谷橋」のロケ記念館となっているところです。

広い湯船があり、とても嬉しかった記憶だけが今も微かに残っています。
その頃も6月には三朝川で蛍の乱舞を見て 河鹿の声を楽しんでいたのでしょう
特にその頃の岩湯旅館は部屋の中から蛍の乱舞が見られたはずです。

(明治時代父の実家倉吉の広瀬町にあった伊藤病院の伊藤良蔵は岩湯旅館を懇意にしており、
その孫であった父の兄伊藤博の妻が伊藤のばあちゃんです。)


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伊藤良蔵についてはウィキペディアで伊藤 宝城(いとう ほうじょう)を検索すると出てきますが、

伊藤良蔵  (号は旭堂)  嘉永3年~大正14年(1850~1925)
 長崎で西洋医学を学ぶ 医師(西洋医学)。
教育者(英語講師。変則中学(現在の鳥取県立鳥取西高等学校)副学長)
倉吉市誌にも記載されている文化人で南画を描くことに長ず。

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三朝温泉の効能の高さは全国でも有名で、そのため日本全国から治療と保養をする人が多く訪れます。
高いホルミシス効果のおかげで、観光客だけでなく療養目的で来る湯治客など、あらゆる方々に愛されています。
綺麗な清流にしか棲息しない珍しい生き物の宝庫でもあり、三朝川はこの心地よいせせらぎと美しいカジカガエルの鳴き声によって、「日本の音風景百選」のひとつに選ばれています。
春には桜、6月から8月にかけてはホタルやカジカガエル、秋には紅葉、そして冬は温泉に降り積もる雪と絵に描いたような情景が…。

http://ja.wikipedia.org/wiki/三朝温泉

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