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2012年5月18日 (金)

倉吉の圭ちゃん76 おさむ叔父4

「みんなのマドンナだっただぞ

みんなが一目見たぁて
見にきよっただわいや」

と続けた
すると母は

「さ〜ん事あらしません!(そんなことありませんよ)
おさむさんは からかっとんなるけぇ

もぉ 怒りますで」

と言ったが

ちょっと嬉しそうにした後で
はにかんで下をむいていた


おさむ叔父は
さらに話しを続けた

「ある日なぁ 兄貴が

おまえのお父さんだぞ

俺のところにきてなぁ

おまえらのマドンナは俺がもらう!

って言いきっただぞ」


と言ってたばこをふかした。

母は
まるで小さな少女のように
小さな声で

「さ〜な事ぉ言ったんですか」
(そのようなことを言ったんですか)

と言って うれしそうに遠くを見た


おさむ叔父

「おまえのおやじは言う時は言っただぞ」

「そんなですなぁ
いっつもは なぁ〜んにも言いんさらんがなぁ」

「結婚すっで
家に挨拶にきなった時に

その頃
おたぁちゃん(母の母)がもぅ病気で寝込んどりましてなぁ

その おたぁちゃんに

お母さん たすくです
って言いんさったですけぇなぁ…」


「この人はなかなか見どころがあるぞ

てぇ思いました」


僕には何の事やらサッパリわからないが
そうらしかった


終わり


子供ながら ほんとうにきれいな母親だと思っていました。

しかし、美しいものには棘がある

とても躾に厳しい母で、子供の頃はよく怒られたものです。

小学校や中学の頃、参観日の時はきれいな母を何となく自慢したい感じで、来てくれることは嬉しいのですが、
面談の後は成績のことなど、決まって怒られるのでとても嫌でした。
それさえなければと、いつも思っていました。
古いやさしい言葉の倉吉弁です
吉田家では母親のことを「おたあさん」父親のことを「おてえさん」と呼んでいました。

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