« 蕎麦用こね鉢 『真味只是淡』 | トップページ | 岩村城の晩秋 »

2011年11月28日 (月)

あまりにも身近に棟方志功

父の法事で倉吉に帰りましたが、
倉吉には兄弟四人が集合しました

倉吉は昔から芸術活動がとても盛んで
芸術家の集まるサロンのようなものが倉吉にありました

その中心の一つとなっていたのが倉吉市広瀬町にあった伊藤家です。
伊藤家は父の実家で代代医者の家でありまた、芸術家の集まるサロンでもありました。

そんな環境ですから伊藤の子どもたちは皆 芸術家です

その伊藤家を継いだ父の長兄 伊藤博(伊藤宝城)は医者で文化人。詩人であり造形芸術家でもあり、伊藤宝城へは河井寛次郎や浜田庄司 棟方志功なども訪れています。

特に棟方志功は伊藤家及び倉吉へ度々来ており、そんなわけで父も志功と縁がありました。

子供の頃私の家は忙しく 学校から帰ると毎日のように家から歩いて3分位の伊藤家にいっており 私にとって実家のような存在で、
何度か伊藤家にきた志功を見ているはずなのですが、小さな子供の頃なので覚えていません

志功の板画や絵は実家や伊藤家のいろいろな場所に飾ってあり 私は小さい頃から、あまりにも身近に志功の作品の多くを見てそだったので、近親感がありすぎて特別なものだとも思いませんでした。

志功の作品があるのがあたりまえに育ったものですから
私も数点手に入れ 部屋に飾って楽しんでいます

 私の実家は法事の後や食事会はいつも「万よし」を使います
「万よし」は倉吉で一番古い老舗の料理旅館
「喜多亭 万よし」といいます
かつて 棟方志功が倉吉へ来たときの定宿です
志功は「万よし」へくると玄関で「また来たでー」といつも言い
その「来たでー」から喜多亭をいただき「喜多亭」を冠に付けたそうです

今回の父の25回忌の法事
法事の後 いつものように、万よしで食事です

万よしにも志功の作品が何点かあります
特に「喜多亭」の額は気持ちが良いくらいいい感じ


20111128_12755

志功の生まれ故郷のねぶたを思わせるくらいドッシリとしている。

中庭


20111128_13337


20111128_13402
正面に いつもお料理をいただく座敷があります


万よし 自慢の料理

20111128_13121


20111128_13143

20111128_13202

20111128_13234


20111128_13246
お魚の鮮度もよくお野菜の味付けもよく
どれも美味しくいただきました

20111128_13301

ごちそうさまでした


20111128_14105

|

« 蕎麦用こね鉢 『真味只是淡』 | トップページ | 岩村城の晩秋 »

倉吉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: あまりにも身近に棟方志功:

« 蕎麦用こね鉢 『真味只是淡』 | トップページ | 岩村城の晩秋 »