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2011年11月24日 (木)

蕎麦用こね鉢 『真味只是淡』

先日の蕎麦打ちの時も使った「こね鉢」


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私の手打ち蕎麦をとても気に入って下さった先生が
わざわざ私のためにお持ち頂いた特注品の物

もう一つ一回り大きな自分で漆を塗った捏ね鉢があるが最近はこればかり使っている

サイズはやや小振りで直径48cm厚さが4cm 内径40cm
腕の当たりやすい縁の作りもよく
しっかり重く安定している

15人前くらいの蕎麦を打つのに丁度良い逸品だ


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((洗ってきれいな状態)

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捏ね鉢の裏には製作年 平成13年春と
『真味只是淡』の文字
とても奥の深い言葉だ

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『真味只是淡』

中国の、洪自誠(1573~1619)が明時代末に書いた人生訓の随筆集、「菜根譚」の前集7項の1節。

「しんみは ただ これ たん」と読みます

 原文は、「醲肥辛甘非真味 真味只是淡」

「醸肥辛甘(じょうひしんかん)」は真味に非ず(あらず)。真味は只だ是淡なり」

 醲(濃い酒)、肥(こってりとしたもの)、辛いもの、甘いもの、などの味の濃いものは、本当の美味さではなく、本当の美味さは淡い味の中にあるという意味です

 濃い味付けもうまくて捨てがたいものがありますが、実際に料理を作っていますと薄味のものよりも簡単に美味しくできます。

薄味の中に美味しさを出していくのはとてもむつかしいです。

 最高に良い素材を使い その素材の良さを引き出せるような切り方や火の使い方を真剣に考えながらつくらなくてはならず本当にむつかしい

 素材にはそれぞれが持つ固有の色、味、旨みがあります

それぞれの素材の良さをどうやったら 十分引きだせるか

切り方一つでも味が変わりますし、熱の入れ方や、時間でそれぞれが変化します

また、食べる人の健康状態だけでも味は変わります。

そういう中で食べる人のことを思い、淡い味付けの中に宇宙を感じさせるような奥深い味こそが本当の料理だと思います

 蕎麦を打つときは「淡い味の中にこそ、真の美味しさがある」の銘を思い
最高の素材を生かせる技術と能力が身に付くように蕎麦を打たねばなりません
しかしなかなか奥が深すぎてまだまだその境地には行けません


これは、料理の話のようですが、実は人間のことを言っているのです
真味は毎日食べても飽きのこない米飯のようなもので、その味は淡泊なものである。

人間も癖のあるかわった風をしたり、人と異なったような事をする者はまだまだ極めた人ではない。
真の人間は常人とかわらない平凡な生活の中に真の味わいと奥深さが出てくるものであるということだが
私など全く駄目でいつになったらこんな境地の一割にでも到達できるのだろうか
全く 無理かも知れない

これを持参された先生はもっと上手くなれという気持ちでこの「捏ね鉢」をくださったのだと想います

料理も人間も
もっともっと深くなれるように頑張らねばなりません

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