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2010年8月 6日 (金)

宵待草

 とても暑い毎日
 
夜中に人知れず咲き、涼を感じさせる
  宵待草の咲く時期になりました。

        竹久夢二
    待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな


そこで蕎麦会席の先付けとして 宵待草のお浸しを作りました。

 陶芸家辻中秀夫氏の粉引の丸皿を月に見立てて盛りました。


                 宵待草お浸し 木の芽柚子味噌添え
 Photo

   苦味もなくややあっさりとした味で すこし粘りがあります。
   山椒と柚子のきいた味噌にすごく合います。

 1910 年(明治43年)夢二27歳の夏、前年話し合って離婚したにもかかわらず、よりを戻した岸たまきと2歳の息子虹之助を伴い、房総方面に避暑旅行する。銚子から犬吠崎に向かい、あしか(海鹿)島の宮下旅館に滞在した。ここは太平洋に向かう見晴らしの良さで、明治から多くの文人が訪れた名所である。

 たまたま当地に来ていた女性、秋田出身の長谷川カタ(賢:当時19歳)に出会う。彼女は、成田の高等女学校の教師である姉のところに身を寄せていたが、長谷川一家も秋田から宮下旅館の隣家に転居しており、夏休みに家族を訪ねて来て、そこで夢二と出会ってしまうという次第である。
 
 親しく話すうち彼女に心を惹かれ、夢二は呼び出してつかの間の逢瀬を持つ。散歩する二人の姿はしばしば近隣住民にも見られている。しかし結ばれることのないまま、夢二は家族を連れて帰京する。カタも夏休みが終わると成田へ戻り、父親は娘の身を案じ結婚を急がせた。

 翌年、再びこの地を訪れた夢二は彼女が嫁いだことを知り、自らの失恋を悟る。
 
この海辺でいくら待ってももう現れることのない女性を想い、悲しみにふけったといわれる。
 
 宵を待って小さな花を咲かせるマツヨイグサにこと寄せ、実らぬ恋を憂う気持がこの詩を着想させたのである。(ウィキペディア 宵待草より)

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