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2009年2月 4日 (水)

節分の口上

 2月3日 今日は節分です

最近は節分というと豆まきよりも恵方巻き(えほうまき)の方が有名で今年の恵方(えほう)はどちらだ、等と話題になります。

 関西から商魂に乗ってひろまったようですが、 「恵方巻き」は節分に食べると縁起が良いとされる巻き寿司、今年の恵方は東北東だそうです。

 今日2月3日はスーパーやデパートの食品売り場では恵方巻きを山のように積んで販売していました。
そして、それが又飛ぶように売れていました。
 夕方には売り切れの店もありました。

 節分の日は暦の上で春を迎える立春の前日にあたるので、一年の災いを払うための厄落とし、年中行事の一つとして様々な行いがされていますが、恵方巻もその一つです。

 現在岐阜県に住んでいますが、生まれ育った鳥取県でも、大学時代の東京でも 恵方巻きなど、聞いたことがありません。ここ10年くらいに出てきた新しい商業ベースの風習だと思います。

 食べ方が太巻きをかぶりつくという とても下品な食べ方ですから

考えた方は、ちゃんと躾をされた家の出身者ではないのかな(笑)とも思いますが。

(といっても、子供の頃 瓶のコーラを口で直接飲もうとすると、「はしたない」といって母に怒られましたが、現代ではそれも普通になってきていますので時代も変わったのでしょうが。)

 恵方巻きの起源はいくつもの説があり、その一つに江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事としてはじまったようです。

  
 恵方巻きは一反廃れましたが、1973年から大阪海苔問屋協同組合が、海苔を使用する巻き寿司販促キャンペーンを始め、大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙い、海苔巻きの早食い競争をはじめ、復活することとなりました。
 道頓堀で行われた販売促進イベントがマスコミに取り上げられて関西に広がり、その後コンビニのファミリーマートが先駆けとなり販売されるようになって全国に広がったようです。

 

さて、豆まきですが、

私の生まれ育ったのは鳥取県倉吉市です。

 
 多くの家では柊と鰯の頭を串に刺したものを家の角角と、部屋の入り口に刺して飾りました。「鬼は外福は内」と言って家の中から外に向かって撒くようですが、私の実家は少し違います。

 子供の頃 吉田家では節分の日にはまず、柊と鰯の頭を串に刺したものを家の角角と、部屋の入り口に刺して飾りました。

  
 そして台所で大豆を煎り 四角い升に入れます。

 四人兄弟の内その年の年男(としおとこ)の男の子は羽織袴に着替え、足袋を履き正装をします。腰には本物の脇差しを差します。

 年男がいない場合でも 我々兄弟が羽織袴に着替え、一升升に大豆の炒ったものを入れ、すべての部屋を中から外へ向かって豆をまいてまわります。

台所もトイレもお風呂も

 その時、豆をまく前に江戸時代から続いている 口上(こうじょう)を述べるのです。
その口上は 

 「新瑞の年の初めに豆打てば 福は内 福は内 福は内  鬼は外   鬼は外」  

言い方は具体的には

 あらたまのとしのはじめにまめうてば ふくわうちふくわうちふくわうち (ここで豆を手で握り)おにはーそとー(といってここで豆をまく)  おにはーそとー(といってここで豆をまく)
 
羽織袴など一年間でこの時ぐらいしか着ませんから、子供ながら凄く緊張しています。
さらに口上を一言も間違えないように言おうと より緊張する時間です。

 玄関からお風呂、トイレまですべての部屋でこの口上を言ってから撒きます。全部の部屋13とお風呂、トイレ、庭にも向かって撒くので15回もこの口上を言いながら家中を撒いてまわりますから一時間ほど掛かってしまいます。

 子供で 羽織袴で腰には刀を差しているので、格好良いし、最初は緊張して張り切っているのですが、後の方の部屋ではもうくたびれてくるし飽きてしまいます。

10部屋もまわった頃にはもう 口上も豆まきも嫌だと思うが

子供ながら大切なことだからと我慢して
どうにかすべての部屋などに巻き終わって終わったころにはもう
へとへと。

 普段着たこともない羽織袴は格好良いが風通しがよくて2月の大寒には寒い。 

  小さい頃は途中で嫌になり泣き出したこともあったそうです。

それが終わってからようやく皆で晩ご飯になり、家族全員がその年齢の数だけ豆を食べます。

僕は年が若いので6個
大豆は炒ってあり、予想より旨いが
たった6個では数が少なすぎてすぐに食べ終わり、物足りない。

それと引き替え
お母ちゃんは沢山だ。ばあちゃんは60才以上だから多すぎて下痢でもしないかと心配。

少し僕に分けてくれればお互いに丁度良い数食べられるのにと思いながら

いつも分けてもらった。

炒りたての大豆は香ばしくて旨かった。

次の日

各部屋のいたるところに豆まきの大豆が転がっている。

昨日あまりたべられなかったから
もったいないから拾って食べた。

美味しくなかった

豆まきの大豆は 炒りたてじゃないと不味い
と つくづく実感した。

倉吉の他の家でもこういう風に行ってるかと思って
友達に聞いたが
どの子の家もそんなことはしない
逆におもしろがって自分もやりたいという。

昔は地方や、庶民 武士 貴族等でやり方もいろいろあっただろうと思います

 皆さんの家では どうですか

少し かわった口上のある方は教えてくださいませんか。

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