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2008年12月17日 (水)

美味しいものと美しい景色を求めて(10)ようやく倉吉の実家へ到着

 私の実家は鍛冶町にあります。 かつて明治初年頃稲を扱く稲扱千刃(いなこきせんば)が倉吉で開発され稲扱き千刃で日本中に名を轟かし、鎌 鋤 鍬などの農機具から、刀 槍 包丁まで多くの鉄器を作っていました。今でもその町の由来であった鍛冶屋が一軒だけ残ってカンカンと鉄を打っています。

 また、倉吉は明治時代 絣の産地として有名で、まるで手で書いたような絵絣は、その柄の巧みさで各地でもてはやされ、より複雑なものほど高価に売れ、これが倉吉の女達の貴重な内職収入源ともり、更に複雑な織物が創られていきました。
 この倉吉絣も紡績機械の発達やその技の高度さの故に、織る人も少なくなり滅びて幻となっていました。戦後、父の吉田たすくが古文書を見つけ少しずつ復元していきました。絣に関心を持つ人も増えていき現代では倉吉絣を織る人たちもようやく100人ほどに増えていきました。

さて、実家に帰るまでに最後の買い物でまた寄り道。 今度は絶品の酒の確保です。
日本中から旨い日本酒を揃えている山桝酒店へ今晩の肴に合う酒を買いに。

 山桝さんに「のど黒の脂のきいた旨味に合う酒」を尋ね、神亀酒蔵の「ひこ孫」純米吟醸と、竹鶴酒蔵「小笹屋 竹鶴番外編 生一本 純米吟醸原酒」を購入しました。

 ようやく実家に到着 休む間もなく早速買ってきた魚を調理した。 使う包丁は実家の前の秋田鍛冶店で打ったとても良く切れる包丁です。
 のど黒と白いかズワイガニの調理ですが大量に買いすぎましたから調理も大変です。弟の奥さんに手伝ってもらいました。

 包みを開くと 蟹はまだ動いており、白いかも身体の斑点が点滅したり色が変わったりしてまだ生きていました。手を差し込み足と内臓を取り出し縦に切り、皮を剥いて刺身を作っていきます。

 一般的に烏賊の刺身を造るとき魚屋でも 調理は開いて皮を剥ぎ縦に二枚に切り横に薄く切るのですが、この切り方は身が柔らかく歯ごたえが余りありません。私は開いてから横に切りそれを縦に薄く切ります。そうするとキリッとして歯ごたえがありそれでいて柔らかく より美味しくなります。
 皆さんも是非この方法で刺身をつくってみてください。また、二つの切り方をして食べ比べてください。同じ身だとは思えません。
 特に白いかは甘味が濃厚でこの切り方が最適です。また、この切り方の場合スルメイカだとやや固く感じるかもしれませんから、この切り方で索麺のように極細に切り、蕎麦つゆで食べる烏賊索麺にするとこれも絶品になります。

のど黒は2匹を鱗を取り三枚におろし刺身にします。残りは鱗を取り鍋に大根を敷き丸のまま載せて煮ます。
ズワイガニは表面を束子で擦るだけ、あとは脚を切り離すだけです。

 今日の晩ご飯の料理は のど黒の刺身 白いかの刺身 のど黒の煮付け ズワイガニのシャブシャブ 豆腐竹輪 あご竹輪 地元産のモズク です。
こんなに贅沢な料理ははじめてです。今晩は母や弟家族総勢6人での食事となりました。

ズワイのシャブシャブは皆感動して美味しい美味しいと食べました。

 白いかは沢山買って刺身も15人分くらいと多く造ったのに甘くて旨いため子どもたちがとても沢山食べ無くなってしまいました。
のど黒のお造りは脂が乗りそれでいてプリっとする感じも残りとても旨かった。そして買ってきた酒
「ひこ孫」純米吟醸は−10℃で5年間低温熟成させたもの。のど黒の味に負けない やや太い味わいのあるお酒です。また、「小笹屋 竹鶴番外編 生一本 純米吟醸原酒」は7年間熟成させ、琥珀色になっていますが老ね香など無く、厚みのある古酒です。
 この取り合わせも最高。
のど黒の煮付けは脂と共に旨味が口に拡がり最高の煮物でした。そこに旨い酒が流れ込む至福の時でした。
母や弟家族と共に過ごす晩 幸せな晩でした。

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