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2008年10月26日 (日)

ろあん松田  かつて イギリスで作られていた陶器 スリップウエア

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ちょっと横道にそれてスリップウエアのお話。

ろあん松田のアップライトピアノと壁に飾ってあるスリップウエア




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私が持っているスリップウエアの水滴と角皿 スープ皿。
 私のものはバーナードリーチに指導された島根県の湯町窯と舟木窯のものです。

 かつて17世紀後半に英国の風土から生れ、多くの英国の家庭で愛用されていたスリップウェアは、19世紀後半から20世紀初頭には製作・生産が途絶えていました。

 柳宗悦が古い英国の図鑑に載っていたものを戦前に偶然見つけ、浜田庄司とバーナードリーチによって再現され 今、日本だけで受け継がれています。

スリップウエアは日本では「いっちん」と呼ばれている技法です。

 イギリスで黄土と黒褐色の泥槳で作られたもので、普通の陶芸の作り方とは異なり、陶土をたたらにして(板状に伸ばし)それに粘土状の化粧土(スリップ)で絵や柄を描き、少し乾かしてから皿などの型に入れて成形し、焼いて作ります。ろあん松田にあるのはそのスリップウエアの第一人者 柴田雅章氏の作品。 ここの近所に住んでおられます。柴田氏は私の父の同級生で丹波立杭で作陶をされていた陶芸家の故 生田和孝先生のお弟子さんでした。

生田和孝先生のお弟子さんと知ったのは偶然のことでした。先回ろあん松田に行ったときに、「私はかつて立杭で陶芸をされていた生田先生を訪ねたことがある」という話を松田さんにしたら、なんと、生田先生のお弟子さんが近くに住んでおられるという。柴田さんといい、大変懇意にされているといわれて、ビックリ。
先回はろあんの奥様にわざわざ柴田氏の自宅連れて行って頂いて、生田先生のお話やスリップウエアの話を伺い、作品も拝見させて頂きました。その時は英国風の水差しを購入させて頂きました。

柴田雅章氏 プロフィール
1948年東京生まれ。1971年中央大学卒、丹波・生田和孝氏に師事。1975年丹波篠山町に築窯・独立。以後、作陶活動を続ける中で、スリップウェア製作の技術的研究に打ち込む。丹波焼の伝統とスリップウェアの技法を活かした独自の器づくりの取り組みは、多くの陶器愛好家から支持を集めている。
(国画会会員、大阪日本民芸館理事、同展示主任)

生田和孝先生は河井寛次郎の弟子で、素朴で親しみのある古き良き民芸の「用の美」の作品で、落ち着いた存在感があります。
私は大好きで今も自宅で毎日使っています。
生田先生は櫛目や面取りの作品を多く造っておられ、スリップウエアはされていません。

生田先生についてはyahoo!で検索するといろいろわかります。

 今年になってイギリスでもう一度スリップウエアの灯がともる運動が日本人によっておこっています。

かつてバーナードリーチと浜田庄司はイギリスの南西部の港町セントアイブスに日本風の登窯を築きリーチ・ポッタリーを創設しましたが、まさに、そのリーチ・ポッタリーを浜田庄司とリーチの息子たちにより再建されようとしています。とてもいいニュースです。

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