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2008年6月 1日 (日)

蕎麦の歴史-2

 蕎麦切り発祥の地は他にも様々な説があります。蕎麦切り発祥地として中山道本山宿(現在の長野県塩尻市宗賀本山地区)や、甲斐の天目山栖雲寺(現在の山梨県甲州市大和町)説(天野信景著『塩尻』)等。関西だという説もありますが、まともな資料は少なく、確実な発祥地とは言い難いようですが、発祥地としては中山道沿いやその近くに絞れそうです。

 もう一つ古文書のあった妙興寺にも触れておきましょう       
妙興寺の「蕎麦覚書」       
 慶長年間に妙興寺に在籍していた恵順という僧侶が、15品に及ぶ蕎麦の食法を、『蕎麦覚書』として記録し、その記録日を慶長13年(1608年)6月21日と記していたそうです。しかし資料が公開されていないためこれ以上は不明。   

 この妙興寺にはもう一つおもしろい話がある。時代劇などでおなじみの柳生又兵衛や柳生石舟斎の柳生新陰流。       
この石舟斎に無刀取りを教え新陰流を伝授したのが、上泉信綱(かみいずみ のぶつな、又はこういずみのぶつな)です。  新陰流開祖で13代将軍足利義輝に兵法を伝授したほか、永禄8年(1565年)に柳生宗厳(石舟斉)に相伝を伝授している。      
 この上泉信綱が修行したのがこの妙興寺で修行道場として僧堂が設置されている。ここであの有名な無刀取りを考案し体得したということで、無刀取り発祥の地ということです。

妙興寺(みょうこうじ)は、愛知県一宮市にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は、長嶋山(ちょうとうさん)、寺号は妙興報恩禅寺。
  文化財    勅使門、紙本着色足利義教像、木造大応国師坐像ほか(重要文化財)梵鐘(愛知県指定文化財)境内(愛知県史跡)勅使門は重要文化財 

http://www.sukima.com/03_nisimino00_01/16myoukouji.htm   

 

所在地    愛知県一宮市大和町妙興寺2438
名古屋から名古屋鉄道一宮駅の一つ手前の無人駅 妙興寺駅より5分

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